見渡す限り一面に田んぼが続いている。
右手に平行して見えるのは国道だろうか、そこそこ交通量のある道路と、それに沿って建物もぽつぽつ並んでいる。
小春日和、薄曇りの空。少し水の溜まった休耕田、正午前。
ねちょ。
粘り気のある水音。土のにおい。泥から突き出す、魚の頭。
「……」
いやそんな馬鹿な。
大げさに見積もって20cmあるかどうかの深さだろうに、どう見てもサッカーボールよりは大きな魚の頭が。
ぱくぱく、ねちょ。
おそらく目が合っている。それでもきっと、最善策は「無視」だ。
てくてく、てく、てくてくてく。
ぱく、ぱく、ぱくぱくぱく。
何も見ていない。何も見ていない。右から変な音なんて聞こえないし、田んぼしかない。
てくてくてく。
ねちょ。
てくてくてく。
ねちょ、びちゃ。
通り過ぎた。よし、このまま、やり過ごせば。あぁいや、何も見ていないんだった。
ずるっ。べちょ。
心なしか音が変わったような気がする。あぁいや、音なんて
「……おい」
そんな気はしていたが、反射的に振り向いてしまう。無念。
田んぼを突っ切るように真っ直ぐ伸びる道路、塗りたくられた泥。
道幅いっぱいに横たわる、黒い鯉。
なんだ夢か。それにしてももう少しファンタジー性とか、夢のある描写はできないのか。いや夢だけど。
「おい」
あ、これだめな展開だ。オチが見えてきた。
「結婚しろ」
アウト。
口元が引き攣るのと、鯉が跳ねるのと、逃げ出すのは大体同時だった。

いつの間にかアーケード街に切り替わった風景の中をひたすら走る。
泥を跳ね飛ばしながら鯉が追いかけてくる。
正直なところ、現在地なんかよりも、とにかく鯉を振り切って逃げることしか頭にない。
逃げる以外になにをしろと言うのか。幸いにも建物や路地なんかはたくさんある。
どこをどう走っても最終的には鯉が跳ねていて、今のところ達成できているのは涙目になって悲鳴を上げる程度。
ならば。隠れてやり過ごすだけでもいい。この際だからなんでもいい。
鯉が入ってこられないような。かつある程度の安全性があるところに。
ふと目に入ったテナントビル。二階へ続く外階段と、飲食店の看板。ドアノブを回して開ける、重たい扉。
これだ。これで勝ちだ。
びたんびたんと響く音をBGMに階段を駆け上がる。
ドアノブを回して、滑り込んで、閉めてしまえば。魚類にこの障害を破ることは不可能――
ガツンッ
「ひっ！？」
閉まる直前、ほんの少しの隙間から伸びてきた手。誰かの手を挟んだのか。一気に血の気が降りる。
一瞬抜けた力を見逃してはもらえず、次に見えたのは人の顔だった。
「どうして逃げる」
何故逃げ出さないと思ったのか。
何故人間の姿になっているのか。
「結婚しろ」
いやそれ以前にもう問題がある。おまえ魚類だろとかそういうことじゃなくて。
どうして手の続きにイケメンがくっついている。
「雄じゃねぇか！！」
「？　何が悪い？」
「ばっきゃろう！！」
何が悲しくて泥から生えてきた2mオーバーの鯉に求婚されねばならないのか。しかも擬人化した挙げ句にイケメンときた。
「おい」
「ひいぃ！！無理無理無理です無理だから！！だって鯉だもん！！」
思わず飛び退いて壁にへばりつく。自分でも何を言ってるかよくわからない。
鯉は顔をしかめて腕を組む。
「何が不満だ」
「不満しかねぇよ！！魚類のくせにイケメンだしもうなんなのふざけんな」
「俺は真剣だ」
「あああぁぁやだこの鯉イケメン無理無理無理！！！！」
自分でも何を言ってるかよくわからないが、とりあえずイケ鯉を突き飛ばして階段を駆け下りる。
半泣きでアーケード街を走り抜ける後ろから、今度は足音が追いかけてくる。
ありがちに転びませんように、とだけ強く祈って、足を止めることだけはしてはならない。
だってもう色々アウトだもんこれ。









っていう夢を見たので誰か夢占い早く。